痛みとは何か
痛みとは不快な感覚あるいは情動的な体験であり、組織の損傷を伴うものと、そのような損傷があるように表現されるものとがあります。これが痛みの定義ですが、多くの方はこれでは何を言っているのかよくわからないのではないでしょうか?

歯が痛い、歯ぐきが痛い、顎の関節が痛い、偏頭痛がする、顎顔面領域には実に様々な痛みが起こってきます。虫歯や歯周病といった疾患は私たち歯科医師が診察することで、ほとんど必要な情報を得ることが出来ます。それに対して、症状である痛みは診察によって得られる情報はごくわずかであり、診断に必要な情報の70〜80%は患者さんの話す病歴の中から得られます。
しかしながら、痛みの質、強さなどを表現することは大変難しく、個人差もあり、あくまでも主観的なことがらであるが故に、評価、診断、治療することを難しくしています。
痛みは誰でもが経験することが出来るものであり、知っているつもりのものなのですが、実は痛みのメカニズムとご自身の実感との間にはギャップがしばしば存在します。
今回は、読者の皆様に痛みというものがどういうものなのかを知って頂き、少しでも症状理解と治療のお役に立てればと考え、口腔顎顔面セミナーで学んだことをベースにお話ししてみたいと思います。

さて、ここで質問ですが、皆さんは歯が痛いときに、痛みをどこで感じていると思われますか?

何を変なことを聞くのだろうと思われる方がいらっしゃると思いますが、実は痛みは歯ではなく、脳で感じているのです。それならば、歯に麻酔をするとなぜ痛みが消えるのか?と聞かれると思いますが、実はそうならないことがあることを知っておいて欲しいと思います。このことについては後ほど関連痛のところで詳しくお話し致します。
さて、皆様の中には、下の奥歯の虫歯が痛み始めてだんだんひどくなって、そのうち上の歯も痛く感じるようになったご経験をお持ちの方がいらっしゃるのではないのでしょうか。上にも虫歯ができてしまったのかと思われる方が多いのですが、こういう場合は下の歯に麻酔をすると、上の歯の痛みもぴたりと止まります。これは実は神経の走行 と関係があります。下の大臼歯の神経と上の大臼歯の神経はそれぞれ上顎神経と下顎神経という異なる神経ですが、その由来は三叉神経が枝分かれしたもので、おおもとへたどっていくと脳の中では神経繊維の走行が隣同士になります。神経の信号が弱いときは脳はどちらからの信号なのか識別できるのですが、痛みが長 期に渡ったり、強くなると隣接する神経も過敏化され上の歯も痛く感じるようになるのです。隣同士ということがポイントですので、下の奥歯と上の前歯という組み合わせや、右の奥歯と左の奥歯という組み合わせは決して起きません。(そういう場合は両方に問題があります。)
このように「痛みのかんじるところ=痛みの発生源」ではないことがしばしばあります。ゆえに、痛みを診断する上で、もっとも大事なことは痛みの発生源を特定することであり、そのためには歯だけではなく、脳神経学的な知識が必要となります。

顎顔面領域の痛みはその発生源により次の3つに大別されます。
1)侵害受容器性疼痛(体性痛)
通常の歯髄炎、歯周炎などによる歯の痛み(歯原性疼痛)、TMD(咀嚼筋、顎関節)による疼痛がここに含まれる。
2)神経因性疼痛
発作性:三叉神経痛、舌咽神経痛
持続性:外傷性神経痛、帯状疱疹後神経痛、非定型歯痛(ニューロパシー性疼痛)
3)心因性疼痛
気分障害、不安障害、身体表現性障害等が含まれる。

顎顔面領域の痛みの90%は歯原性疼痛によっておきるものです。その次に多いのがTMDによるもので、その内訳は咀嚼筋に問題がある人が7%、顎関節に問題がある人が2%、そして、残り1%が神経因性疼痛と心因性疼痛に原因があるものとなります。
したがって顎顔面領域の痛みを扱うのに最も適した医師は、このようなことを理解している歯科医師だということになります。
lav01.jpg

 


Photo by ミントBlue    

 
関連痛について
関連痛とは、痛みが支配神経領域ではなく、別の神経枝、あるいは全く異なる神経の支配領域で感じられるような痛みの現象を言います。痛みを認識するのは、傷害されている組織ではなく、大脳皮質であるが故に、このようなことが起こるのです。

IMG_1723.jpg首の僧帽筋(後頭部から肩にかけて分布する筋肉)が痛みの原発部位であるにもかかわらず、患者さんは顎関節部にも痛みがあるように感じてしまいます。
この場合、顎関節に対する治療を行っても痛みは消失しません。痛みの除去のためには僧帽筋へのアプローチが必要となります。

 
口腔顔面痛の原因について
通常、口腔顔面領域に発現する疼痛の原因には以下の6つが考えられます。
 
部位
 原     因
頭蓋内腫瘍・脳動脈瘤・膿瘍・血腫・出血・浮腫などの頭蓋内の病変
 頭蓋外
耳・鼻・眼・副鼻腔・咽頭・唾液腺・リンパ節・頸・歯髄炎・歯周組織炎・歯肉粘膜炎症・舌などの口腔顔面構造物の病変
神経因性
ニューロパシー性
神経系の機能異常によって引き起こされる痛み
・発作性:三叉神経痛、舌咽神経痛、後頭神経痛   
・持続性:帯状疱疹後神経痛、外傷性神経痛、非定型歯痛
 筋骨格性咀嚼筋・顎関節・関連諸組織由来 頸部からの関連痛を含む
 神経血管性神経血管性の痛み
・機能性頭痛: 片頭痛・緊張型頭痛・群発頭痛
・症候性頭痛: 側頭動脈炎・脳内出血ほか
 心因性心因性疼痛障害・身体化障害 など

 
口腔顔面痛の鑑別分類チャート
ofpclassification.jpg
ーBell's Orofacial Pains 第5版より引用ー       クリックすると拡大画像が出ます。

 
歯痛、顎関節症と誤診しやすい疾患について
私たち歯科医師にとって、歯痛や顎関節症は日々取り扱っている疾患であり、それを治療し痛みを取り除くことが仕事です。しかしながら、患者さんの中には歯痛や顎関節症以外のことが原因で痛みをともない来院する方がいらっしゃいます。大事なことは、痛みを取り除こうと思うあまりに、鑑別診断をせずに、当てずっぽうに神経や歯を抜いてしまったり、歯を削ってしまったりしないことです。
今回は、そのような誤診を起こしやすい疾患について、口腔顔面痛外来をされている井川雅子先生が歯科医師会雑誌の2007年12月号に書かれていたものを参考にまとめてみました。

A)群発頭痛:
  1. 1000人に一人の割合。5:1で男性に多い。
  2. 激烈な顔面痛発作。
    発作は規則的で、1−2年に1度約1ヶ月間決まった時間に毎日おこる。
  3. 眼窩を中心に、側頭部、上顎最後方臼歯にかけて痛みが生じる。
  4. 夜間睡眠中におきたり、飲酒によって必発する。
  5. 神経内科にて薬物療法。

B)側頭動脈炎(巨細胞性動脈炎):
  1. 高齢者(少なくとも50歳以上)で始まった新たな表在性の疼痛。
  2. 発熱、全身倦怠感、食欲不振、体重減少などの全身症状の存在。
  3. 側頭部の発赤腫脹、圧痛、浅側頭動脈の怒張、索状肥厚。
  4. 神経内科、リウマチ内科にてステロイド療法が有効。

C)三叉神経痛:
  1. 1-1.5万人に一人の割合。
  2. 秒単位の電撃様疼痛。
  3. トリガーゾーンの存在。
  4. 発作と発作の間には全く痛みがない。
  5. 神経内科、口腔外科にてテグレトール投与が有効。
  6. 頭蓋内で血管などが三叉神経の神経根を圧迫するためにおこる。

D)舌咽神経痛:
  1. 瞬間的で激烈な一過性穿刺痛。
  2. 舌咽神経の支配領域(舌後方1/3、咽頭部、下顎角深部、耳の奥)の痛み。
  3. 通常片側性で、口を大きく開けたり、食事をしたり、会話などで痛みが起こるため、顎関節症とまちがえられやすい。
  4. 神経内科にてテグレトール投与が有効。
  5. 頭蓋内で血管などが舌咽神経の神経根を圧迫するためにおこる。

E)鎮痛剤乱用疼痛:
    頭痛持ちの方が、痛みを恐れるあまり鎮痛剤を服用しすぎると、疼痛抑制系の神経がかく乱され、悪化して頭痛が毎日生じるようになります。
    この場合は、頭痛専門医のもとで鎮痛剤の服用中止を行う必要があります。

F)急性上顎同炎:
  1. 上顎小臼歯から大臼歯部にかけての自発痛。
    上顎臼歯部の神経は上顎洞粘膜内をとおって歯に分布しているため、上顎洞内に炎症が起きると歯が痛く感じられる。
  2. 明瞭な打診痛。
    上顎臼歯部全体に打診痛が出ることが多い。
  3. 頬部圧痛。
    頬骨の下あたりを押すと痛みがある。
  4. 風邪を引いていて、患側の鼻が詰まっていた、もしくは現在もそうである。
  5. 抗菌剤の投与が有効。

G)非定型歯痛:
    エックス線写真などでは明らかな原因が認められない、現時点では原因不明の歯痛です。歯髄炎や根尖性歯周炎、歯根破折などと酷似した臨床像を呈しますが、歯原生の痛みではないので、抜髄や抜歯などの歯科治療は全く効果がありません。
    非定型歯痛の7割はささいな歯科治療をきっかけとして起こります。背景に心理社会的要因(ストレス)があり、治療によって何かのトリガーが引かれるのではないかと考えられています。
  1. 有病率は高く、子供を除いてどの年齢にも起こりうるが、40−50代の女性に多い。
  2. 麻酔に対する反応は不明瞭。
  3. 大小臼歯部に多い(上顎>下顎)。
  4. 三環系抗うつ薬が有効。

    現在の保険医療制度では、歯科医が三環系抗うつ薬を出すことが認められていないため、精神科医との連携が必要となっています。欧米では、慢性化した顎関節症患者の疼痛管理にも三環系抗うつ薬が使われており、歯科医師の処方が可能になることを望みたい。
cap01.jpg

 


Photo by ミントBlue

 
痛みの診断と治療例
痛みの診断と治療例はこちらのページをご覧ください。

1)話を聴くことの重要性

2)マイクロスコープによる原因歯の特定

3)痛みの鑑別診断の臨床例

 
TrackBackURL : ボットからトラックバックURLを保護しています
▲PAGETOP