ナラティブ・ベイスド・メディスンの実践

私の好きなテレビ番組に「プロジェクトXという番組があった。その番組のプロデューサーであった今井彰氏は講演会で「日本社会、日本の企業に蔓延した悪しきものが成果主義である。成果主義の中では早く成果、つまり結果を出すことが求められ、そのために短期間で何でもいいから利益を生まなくてはいけないと、企業も社会も焦り始めることになった。そのために社会の人々は、自分がいったい何のために生まれて、何のために働いているのかという自身の生きるテーマを見失っている。」と述べている。プロジェクトXに登場する人たちは、みなプロジェクト○○という困難なテーマをもち、幾度とない挫折を繰り返し、それでもあきらめずに挑戦し続けていく。それが日本人本来の姿だったのではないのだろうかというのがプロジェクトXという番組にこめられた今井氏のメッセージである。

EBMは経験と勘に頼った歯科医療から脱却し、科学という伝家の宝刀を使って、より効率よく治療成果を確実に上げる医療のありかたとして提唱されてきた。これが今まさに治療成績だけで価値判断をしてしまう医療の世界を作り出そうとしている。このことは、患者がなぜ病気になったのか、何のために治療するのか、自分にとっての健康とは何を意味するのかということを考える機会を奪い、自分はどう生きていきたいのかというテーマを見失う結果をもたらしているのではないだろうか。

私はEBM本来の考え方を学ぶことではじめて、文献の結論だけを見て、物事を判断することの危うさを知った。EBMの勉強を通じて私は、「本当に大切なことは結論を知ることではなくて、その結論に至るまでの過程にある」ことを教えてもらったように思う。

プロジェクトを見て私が毎回感動するのは、すばらしい成果を出したからではない。そこへ至るその人の生き様に感動するのである。その人の物語りに感動するのである。人はいろいろな物語りの中で、喜んだり苦しんだり、あるいは絶望したり、感動したりしながらその人の生き様(物語り)を変化させていく。NBMの実践とは患者が作ってきた物語りを、そこに医療者が関わることで、より良い新たな物語りへと作り変えていく過程そのものである。つまりNBMも出てきた結果ではなく、そこへ至る過程そのものを大切にするのである。

科学と技術は人間があみだした問題解決のためのひとつの手段である。医師は病を治す手段としてそれを用いているだけに過ぎない。私たち医療者は「科学と技術が人間の問題を解決するのではなく、人間の問題を解決するのは人間自身である。」ということを忘れてはならない。

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Photo by ミントBlue    

 
ナラティブの力
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あなたは美術館で1枚の人物画を見ているとする。ただその絵を眺めているのと、その絵に描かれている人物やその絵の作者がどういう人で、どんな時代に生き、どんな人生を送ったのかを知って見るのとでは、受ける印象がかなり変わってくるのではないだろうか?

同様に、テレビ東京の長寿番組にお宝何でも鑑定団という番組があるが、島田紳介と石坂浩二のトークもさることながら、鑑定されるお宝にまつわる解説を聞くと、一見何の変哲もないガラクタのような鑑定品であっても、その価値を何倍にも感じさせ、評価価格に期待を持たせてくれるのが面白くて、つい見てしまう。このように物であっても、それにまつわる物語を聞くことは、私たちに親近感を感じさせ、それまでとは違った印象や見方を与えることになる。

医療現場におけるナラティブは、医療者と患者との距離を縮め、治療や病の治癒に対して、きわめて大きな影響力をもつ。それは従来の近代医学の科学的方法によっては到達しえない結果をもたらすことになるのである。

私はカウンセリングの勉強を通じて、物語の力の偉大さを目の当たりにした。クライアントが自己の物語を語ることで、人格的に成長して行く過程をともに体験することは、私の心を激しく揺さぶった。相手の話を聴くということは、相手の世界の中で自分もともに生きることであるから、当然そうなるのではある。そうして人が苦悩から立ち直っていく過程に私は深い感動をおぼえたのである。これを私の歯科医療にも取り入れたい。そんな思いが今回の連載「歯科臨床におけるナラティブ・ベイスド・メディスンの実践」を書くきっかけになった。

先日、その別刷りがようやく出来上がり。さっそくお世話になった方々にお送りさせていただいた。そのきっかけを与えてくださった先生のおひとりに日野原重明先生がいらっしゃった。

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先生の講義を上智にいっているときに、2回ほどお話をうかがう機会があったが、そのとき先生は、学問とテクノロジーをどのように患者さんに応用していくのか、どういう表現でどのようなタイミングで伝えていくのか、そういったお話をされた。ちょうどカウンセリングを学んでいた時だけに、それが非常に心に残ったのである。昨日、予期せぬことに先生からお葉書を頂いた。お忙しい先生だから、見ず知らずの私の論文など、とても読んでいただけるとは思っていなかったが、ご返事までいただき、さすがに立派な先生は違うなと心から尊敬してしまった。

(前略 御高著NBMの歯科への適用を興味深く読みました。御礼迄 11月10日 日野原 重明)


 
話を聴くことの重要性
患者さんの話をよく聞くことの大切さを示す症例をご紹介しよう。いずれも痛みがとれず困って、来院された患者さんである。

<症例1>
患者さんは51歳の男性。2年ほど前に柚子を咬んだときに、右上の奥歯にしみるような痛みが起こり、それ以来右上奥がしみて痛むようになった。そして半年後今度は左上も同じようになり、奥歯で物が噛めなくなったという。
今まで3軒の歯科医院でみてもらったが、いずれの歯科医院でもレントゲン、口腔内所見ともに虫歯などの異常は無いと言われた。しかしながら患者自身は冷たいものやすっぱいもので痛みを感じており、奥歯で物を噛むと痛みが起こるため、どうしていいかわからず、現在まで前歯だけで食事をしてきたという。初診時の口腔内写真を示す。

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写真をよく見るとわかるが、下の前歯の歯ぐきや内側にふくらみがある。さわると骨のように硬い。これは歯ぐきが腫れているのではなく、強い咬合力を受けるために骨が代償性にふくらみ補強をした結果生じるものである。相当くいしばりがあることが想像された。

奥歯のレントゲン写真を撮影したが、前医の言うとおり、虫歯や歯周病の問題は発見できなかった。
しかしながら、患者の病状経過から判断するに歯髄炎の初期症状であり、咬合痛があることから歯牙の破折が原因ではないかと推測された。マイクロスコープによる観察で、上顎両側7番の歯冠部の中央裂溝部分にそって破折線が観察された。(下記に左側の7番の写真とレントゲンを示す。仔細に見ないと破折線は判別できない。)

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右側7番は破折が軽度であったため、破折部分をレジンセメントにて接着、歯冠形成を行ない仮歯にて経過観察となったが、左側7番は破折が歯髄に及んでおり、抜髄処置を行なった。これらの処置により痛みは消失し、現在奥歯でも物が咬めるようになっている。

<症例2>
患者さんは51歳女性、左下の奥歯がズキズキ痛むということで来院された。2年前から左下奥歯(5番から6番あたり)が冷たいものがしみるようになった。その後徐々に熱いものもしみるようになり、頭痛もするようになったため、行きつけの歯科医院を受診したが、「神経が無い歯なのでしみるはずがない。」と言われた。それでも痛みがひどいと言ったら、4番の神経をとる治療を行なった。(左下7番の詰め物もそのときにはずしたと思われる。)翌日より激痛となり、他院で痛み止めをもらい服用したが、おさまらなかったという。初診時の口腔内写真ならびにレントゲン写真を示す。

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4番の打診がひどいため、同歯牙の残随炎を疑われた。麻酔により痛みが軽減したため、ラバーダム下で根管治療を行なった。マイクロスコープにて確認したところ、新たにもう1根管見つかったため、抜髄処置を行なった。これによりひどい痛みは消失したが、しみるような痛みはまだ続いているともことであった。再度マイクロスコープにて口腔内をチェックしたところ、左上7番のアマルガム充填から伸びる破折線が発見された。破折は歯髄に達しており、抜髄処置を行なった結果痛みは消失した。
このケースに見られるように、痛みを感じるのが下の歯であっても、上が原因歯であることがしばしばある。おそらく左下4番は抜髄処置は必要なかったのではないだろうか。レントゲンや口腔内の所見だけで、一方的に診断をするのではなく、患者さんの話を仔細に聞き、よく観察することが大切である。
われわれ歯科医は痛み=虫歯、歯周病という頭があるため、所見でこれらの原因が認められないと、それ以上の探求を止めてしまう。初期の歯冠破折は所見が認められにくく、マイクロスコープによる慎重な観察によってはじめてわかることも少なくない。
このように初期の歯冠破折は患者さんの既往歴を仔細に聞くことによってしかわからない。時間はかかるが、患者さんの話をよく聞くことで、病態を正しくつかむことが出来、誤った診断をすることは防止できる。それでも最終的判断に迷ったら麻酔をして痛みが取れるかどうかで、判断試すことが出来るので、こういったことを有効に活用して正しい診断をすることが、患者さんの苦しみを解放する早道である。

 
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