今回の内容は、以前に私を含む数名の歯科医師の先生方とで歯科雑誌「歯界展望2003年12月号」に発表させていただいた「歯科における臨床診断」を参考にまとめさせていただきました。
虫歯の診断は、大きな穴が開いている場合は明らかですが、歯の間に生じた初期の虫歯を視診で発見することは困難です。かつて虫歯は非常に早く進行すると考えられ、見つけたら出来るだけ早期に治療することが重要と考えられていました。しかしながら、今日では数々の研究により、虫歯の進行はかなり緩やかなものであることが明らかになってきています。それに伴い、虫歯の治療も変化し、できるだけ健全歯質を削らない方法で治療するようになってきています。(ミニマム・インターベンション)
では、歯を削る・削らないの境界線はどこに置くべきなのでしょうか?
その境界線を求めるためには、正確な診断方法に基づく意志決定の知識が必要となるのです。今回は私の考える虫歯の診断方法についてお話ししたいと思います。
虫歯の検査には通常、視診と探針による触診、レントゲン診査が併用されます。ここで大切なことは、診断のための検査がどれくらい病気を検出するのに有効なのかを知っておくことです。
私たち歯科医師の多くは、このような教育を受けてこなかったため、日本のほとんどの歯科医はこのような考え方なしに診断をし、治療をしています。かく言う私もこの考え方を学ぶまではそうでした。臨床検査にエラーがあるなどとは、考えてもみなかったのです。
疾患があるか無いかを判定する臨床検査をしたときに、考え得る結果の組み合わせは下の表に示した4通りが考えられます。
| | 実際に疾患あり | 実際は 疾患なし |
| 検査結果陽性 | 真の陽性(TP) | 偽陽性(FP) |
| 検査結果陰性 | 偽陰性(FN)
| 真の陰性(TN) |
この表から求められる確率として、感度(Sensitivity)と特異度(Specifity)というものがあり、診断試験の特徴を表す指標となっています。
感度は病気であるものを病気であると正確に診断する確率=TP/(TP+FN)
特異度は病気でないものを病気でないと正確に診断する確率=TN/(TN+FP)
どちらも数値が1に近いほど診断力が優れていることになります。
自分の行っている検査の信頼性がどれくらいなのかを考慮して、治療判断をすることは、きわめて重要なことなのです。
下記の表は歯の間の虫歯(隣接面カリエス)の判定の場合の感度、特異度を示したものです。
| | 感度 | 特異度
|
臨床所見(視診)
| 0.13
| 0.94 |
| 2等分法 | 0.58 | 0.66 |
バイトウイング
| 0.73 | 0.97 |
| 探針 | 0.58 | 0.84 |
これによると、視診で虫歯が無いと判断したときには、無い確率が極めて高いことがわかります。逆に、虫歯がある場合に正しくあると判断することは大変難しく、検査方法で最も信頼性の高い検査はバイトウイング法によるレントゲン検査であることがわかります。それでも7割の確率ですから、他の検査方法と併用して、総合的に判断することが大切です。
さらに、治療に踏み切る判断をするためには、陽性的中率(Positive predictive value)と陰性的中率(Negative predictive value)も考慮する必要があります。
陽性的中率は検査により病気であると正確に診断できる確率=TP/(TP+FP)
陰性的中率は検査により病気でないと正確に診断できる確率=TN/(TN+FN)
これらを4つの指標は、治療に踏み切る診断基準となるカットオフポイントの位置(Threshold value)を変えることによって変化します。下の図のように上向きの山が虫歯なしの人々の分布状態、下向きの山が虫歯ありの人々の分布状態、そして横軸を診断強さ(この場合は、検査によって虫歯があると診断できる強さ。右に行くほど虫歯がある可能性が強くなる)だとすると、カットオフポイントの位置を点線のところに位置づければ、虫歯なしの人々に対して治療を行うことを避けることが出来ますが、逆にかなりの人数の疾患がある人を見逃してしまい、病気を進行させてしまうことになります。現実には双方の被害が最小限ですむ実線のところにカットオフポイントをもってくることが望ましいといえるでしょう。
私は実際の臨床において、虫歯の疑いがある場合はマイクロスコープで見て、エナメル質表面に穴が開いていたら、治療をすることにしています。問題なのはまだ穴が開いていない場合です。この場合は、患者の年齢、口腔内の状態、清掃状態、虫歯のリスクの程度など、様々な要素を判断して、その人にあったカットオフポイント、すなわち治療時期を決めています。
虫歯があるから削るのではなく、常に今、介入すべきか否かを問い続け、吟味すること、そしてその結果がどうなっていくのか追い続けることによって、臨床診断は意味のあるものになるのだと考えています。