話を聴くことの重要性
患者さんの話をよく聞くことの大切さを示す症例をご紹介しよう。いずれも痛みがとれず困って、来院された患者さんである。

<症例1>
患者さんは51歳の男性。2年ほど前に柚子を咬んだときに、右上の奥歯にしみるような痛みが起こり、それ以来右上奥がしみて痛むようになった。そして半年後今度は左上も同じようになり、奥歯で物が噛めなくなったという。
今まで3軒の歯科医院でみてもらったが、いずれの歯科医院でもレントゲン、口腔内所見ともに虫歯などの異常は無いと言われた。しかしながら患者自身は冷たいものやすっぱいもので痛みを感じており、奥歯で物を噛むと痛みが起こるため、どうしていいかわからず、現在まで前歯だけで食事をしてきたという。初診時の口腔内写真を示す。

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写真をよく見るとわかるが、下の前歯の歯ぐきや内側にふくらみがある。さわると骨のように硬い。これは歯ぐきが腫れているのではなく、強い咬合力を受けるために骨が代償性にふくらみ補強をした結果生じるものである。相当くいしばりがあることが想像された。

奥歯のレントゲン写真を撮影したが、前医の言うとおり、虫歯や歯周病の問題は発見できなかった。
しかしながら、患者の病状経過から判断するに歯髄炎の初期症状であり、咬合痛があることから歯牙の破折が原因ではないかと推測された。マイクロスコープによる観察で、上顎両側7番の歯冠部の中央裂溝部分にそって破折線が観察された。(下記に左側の7番の写真とレントゲンを示す。仔細に見ないと破折線は判別できない。)

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右側7番は破折が軽度であったため、破折部分をレジンセメントにて接着、歯冠形成を行ない仮歯にて経過観察となったが、左側7番は破折が歯髄に及んでおり、抜髄処置を行なった。これらの処置により痛みは消失し、現在奥歯でも物が咬めるようになっている。

<症例2>
患者さんは51歳女性、左下の奥歯がズキズキ痛むということで来院された。2年前から左下奥歯(5番から6番あたり)が冷たいものがしみるようになった。その後徐々に熱いものもしみるようになり、頭痛もするようになったため、行きつけの歯科医院を受診したが、「神経が無い歯なのでしみるはずがない。」と言われた。それでも痛みがひどいと言ったら、4番の神経をとる治療を行なった。(左下7番の詰め物もそのときにはずしたと思われる。)翌日より激痛となり、他院で痛み止めをもらい服用したが、おさまらなかったという。初診時の口腔内写真ならびにレントゲン写真を示す。

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4番の打診がひどいため、同歯牙の残随炎を疑われた。麻酔により痛みが軽減したため、ラバーダム下で根管治療を行なった。マイクロスコープにて確認したところ、新たにもう1根管見つかったため、抜髄処置を行なった。これによりひどい痛みは消失したが、しみるような痛みはまだ続いているともことであった。再度マイクロスコープにて口腔内をチェックしたところ、左上7番のアマルガム充填から伸びる破折線が発見された。破折は歯髄に達しており、抜髄処置を行なった結果痛みは消失した。
このケースに見られるように、痛みを感じるのが下の歯であっても、上が原因歯であることがしばしばある。おそらく左下4番は抜髄処置は必要なかったのではないだろうか。レントゲンや口腔内の所見だけで、一方的に診断をするのではなく、患者さんの話を仔細に聞き、よく観察することが大切である。
われわれ歯科医は痛み=虫歯、歯周病という頭があるため、所見でこれらの原因が認められないと、それ以上の探求を止めてしまう。初期の歯冠破折は所見が認められにくく、マイクロスコープによる慎重な観察によってはじめてわかることも少なくない。
このように初期の歯冠破折は患者さんの既往歴を仔細に聞くことによってしかわからない。時間はかかるが、患者さんの話をよく聞くことで、病態を正しくつかむことが出来、誤った診断をすることは防止できる。それでも最終的判断に迷ったら麻酔をして痛みが取れるかどうかで、判断試すことが出来るので、こういったことを有効に活用して正しい診断をすることが、患者さんの苦しみを解放する早道である。

 
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